モーター・タウンの末路

米国ミシガン州の南東部に位置する
デトロイト市は、自動車と共に栄えた街です。

米国のモーターヒストリーをたどっていくと、
1899年に自動車工業が興り、
1903年、ヘンリー・フォードが、
初の大衆車である「T型フォード」の量産を開始し、
そのヒットと共に、デトロイトは、
全米一の自動車工業都市として発展していったのです。

少し話しが横にそれますが、
1959年、デトロイトに「モータウン」という
黒人ミュージシャン専門の音楽レーベルが
立ち上がりました。

ダイアナ・ロス、マーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダー、
マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、
テンプテーションズなど
ブラック・ミュージック好きの方には、
大変懐かしいアーティストを数多く輩出しています。

このモータウンレコードの名前の由来は、ご想像の通り、
「モーター・タウン(自動車の街)」を
略して作られてものです。

リズムの利いたビートサウンドは、
自動車工場の規則的な機械音の影響を
受けていると言われています。

モーターウンは、自動車産業の歴史と
深く結びついているのです。

このデトロイトに影が射し始めたのが1967年。
その年の7月に、市内で大規模な暴動が発生し、
多数の死傷者が発生。
白人は市内から逃げ出す「ホワイト・フライト」
という現象が盛んになりました。

1970年代頃からは、安くて安全な日本車が台頭し、
企業は社員を大量に解雇、
下請けなどの関連企業は倒産が相次ぎ、
さらに人口は流出していきました。

こうした負のスパイラルによって、
1950年頃には全米4位、
180万人を誇ったデトロイト市の人口は、
現在、半分の90万人にまで落ち込んでいます。
そして、その82%を黒人が占めています。

人口流出と共に、
多くのレストランや雑貨店が閉鎖され、
街は荒廃してゆきました。
ダウンタウンには浮浪者が溢れて、治安は悪化。
現在、凶悪犯罪発生率は全米1位となっています。

このゴーストタウン化したデトロイトに
さらなる追い討ちをかけたのが、
6月1日に発表された
ゼネラル・モーターズの経営破たんです。

オバマ政権は、真っ先に
デトロイト救済策を打ちました。
失職した労働者の救済に4900万ドル(約48億円)を投入し、
1000万ドル(約9億8000万円)で
デトロイトの警察官を100人増員したのです。

渦中のGMは、現在、本社の移転を
検討している模様です。
隣接するウォーレン市にある技術センターに
本社機能を移そうと計画しているのです。

ウォーレン市はGMに対して税制優遇を提示しています。
移転後に購入した機械や設備の固定資産税を
全額免除するといった
破格の優遇措置が盛り込まれているようです。

こんなことを言っては失礼ですが、
GMは破綻したとはいえ、「腐っても鯛」。
デトロイトの中心に位置する
GMの本社が移転してしまったら、
デトロイトは大黒柱を失うことになります。

自治体は必死にGMの引き留め工作を
行っているようですが、
はたして、どうなることか。

ちなみに、デトロイトは、
愛知県豊田市と姉妹都市関係にあります。
特定の産業の恩恵を受けて潤ってきた都市の光と影を
今、どこよりも敏感に感じているのは、
豊田市の方々に違いないでしょう。

(2009/6/15 記)